情報アクセシビリティ推進シンポジウムとかアクセシビリティオーバーレイとか
著
わかりやすく、あらかじめ立場を明確にしておきますと、私はWebアクセシビリティの専門家として、またOverlay Fact Sheetに署名した一人として、「アクセシビリティオーバーレイ」と呼ばれる類のソリューション(以後「オーバーレイ」)に異議を唱えています。
本日、総務省 情報流通行政局 情報流通振興課 情報活用支援室が主催のオンラインイベント、情報アクセシビリティ推進シンポジウム ~企業と公的機関が情報アクセシビリティに取り組むために~に参加しました。個人的に注目していたのは、東洋大学名誉教授の山田 肇 氏が、基調講演においてFACIL'itiに言及するかどうか、でした。FACIL'itiは、AccessiBeと並んで英語圏で比較的よく言及される、オーバーレイのベンダーです。
昨年、新経済連盟の開催したオンラインセミナー「情報アクセシビリティを巡る政府の動向」において、山田氏はFACIL'itiの採用を好事例として紹介しています。アクセシビリティを本質的に改善するわけではなく、加えて山田氏が自ら顧問を務める企業のソリューションを、そのような形で紹介するのはいかがなものか? と私は覚え書きしていました。
総務省が主催の今日のセミナーにおいて、仮にFACIL'itiを推奨するような言及があれば、いよいよみんなの公共サイト運用ガイドラインに盛り込まれたメッセージと相反することになります。結果的に、山田氏がFACIL'itiに言及することはなかったものの(基調講演のスライドのPDFファイル)、その後に登壇された福岡市 市長室広報戦略室広報課の村上玄生 氏が、取組みの一環としてFACIL'itiを紹介しました(村上氏のスライドのPDFファイル)。
福岡市のサイトを拝見しますと、ウェブアクセシビリティ方針を掲載しており、また時期は若干古くなっていますが、2020年10月の時点でJIS X 8341-3:2016 附属書JBに基づく試験結果も掲載しています。それだけに、なぜFACIL'itiのようなソリューションを導入する必要があったのか、気になります。講演によれば、福岡市がFACIL'itiを導入したのは2021年3月だそうですけど、2020年の夏頃からアメリカではオーバーレイが問題視されていました:
- #accessiBe Will Get You Sued | Adrian Roselli
- Is Deploying an Accessibility Overlay or Widget Better Than Doing Nothing?
- Honor the ADA: Avoid Web Accessibility Quick-Fix Overlays - Law Office of Lainey Feingold
- New Lawsuit Against A 'Certified' Accessibility Overlay Customer - Level Access
村上氏のスライドには、画像やPDFなどには対応不可
が「今後の課題」の一つとして挙げられていますが、それはFACIL'itiの仕様として、導入を決定するより前の時点で分かっていたことでは無いでしょうか? そう考えるとますます、何を理由なり根拠としてFACIL'itiを導入したのか、その効果なり妥当性、費用対効果をどう評価されていたのかに、興味が湧きます。
講演内容からすれば、FACIL'itiがアクセシビリティにまつわる課題すべてを解決するわけではないことを、村上氏は理解されていると思います。しかしながら、今回の福岡市の講演を聞いたセミナー参加者が、あたかもオーバーレイが素晴らしい、Webアクセシビリティにとっての「銀の弾丸」であるかの印象を抱くことを、記事冒頭で明らかにしたスタンスを取る私としては、深く憂慮せざるを得ません。
なお、オーバーレイにまつわる比較的最近の情報としては、まずアクセシビリティ専門家の国際的な協会であるIAAP(International Association of Accessibility Professionals)が、オーバーレイに対する公式見解としてOverlay Position and Recommendationsを掲載しています。また、ことFACIL'itiに関しては、Adrian Roselli氏が#FACILiti Will Get You Sued -- Adrian Roselliで同社にまつわる数々の疑義をまとめていました。
本件に関しては別途、総務省および福岡市に対し、個別に問い合わせたいと思います。
[ 2022-03-30 追記 ] ファシリティジャポン株式会社が、『デジタルオーバーレイ』に関する見解についてというプレスリリースを発行されたのを受けて、Re: 『デジタルオーバーレイ』に関する見解についてを書きました。