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Paulとの再会、または人力飛行におけるイノベーションについて

Seattle休暇一日目の覚え書き(の後半)。ほぼ約束した通りの時刻にPaulと宿の前で再会。一応知らない人向けに書いておくと、彼はかつて人力飛行の世界記録更新を目指したRAVEN Projectの中心人物であり、元Boeing社のエンジニア。現在は個人でコンサルティング業(IllianConsulting)を営んでいます。人力飛行機の設計や製作には1980年代から熱心で、僕がSeattleを語学留学先に選んだのも実は同プロジェクトに参加したかったから、でした。初めて会ったのは留学する前の1996年の夏だから、かれこれ10年以上のつきあいになりますね。2004年には彼が日本に来て鳥人間コンテストを観戦するというのでその案内をしたりしています。そんな彼とひとまずSeattle Center内にあるFood Courtで典型的なアメリカンバーガーの昼食を取り、自宅に移動して一休み。最近の彼のプロジェクトを中心に話を聞いたりデモを見せてもらいました。
その後、彼の携わったプロジェクトのひとつにレースボートがあるのですけど、その紹介ってことでHydroplane & Raceboat Museumに連れて行ってもらいました(途中、Apollo計画で月着陸船の組み立てに使われたとかいう建物を教えてもらったり)。彼曰く、これまでレースボートの設計が論理的あるいは科学的に行われたことはあまり無く、概ね経験則に基づく継続的改善による設計であり、風洞実験などあまり行われていないらしい。その話を発端に、人力飛行の世界になぜイノベーションがもたらされないのか?という点で議論になりました。実際、テレビで鳥人間コンテストを毎年見ている人は気付いていると思うけど、好記録を出す機体のデザインというのは大体決まっていて、たとえばプロペラは機体の前、主翼は機体の上部にマウントされ……といった感じ。それらは皆、MITが製作し今日に至るまでの人力飛行の世界記録を1988年に樹立したDAEDALUSという飛行機を参考にしているから、なんですね。実際、僕が大学時代に作って乗ったPerdixも同様です。
話を戻すと、つまりイノベーションをもたらすにはリスクを取ることが必要ということなんですよね。レースボートの設計が、さらなる記録の飛躍に向けた進化を止めている(ように見える)のは、結局どのボートの性能も横一線で拮抗しているなか、あえてリスクを取りコストをかけてまで研究を行おうとは思わないからだ、と。同じことが多分鳥人間コンテストあるいは人力飛行機にも言えて、一年間というサイクルのなかで機体を設計・製作しなければならず、本番では気象条件を選べないなか少しでも好記録を出そうと思えば、自ずと危ない橋は渡れなくなるもの。メンバーの代替わりが発生する学生チームならなおさらそうでしょう。RAVENの設計と製作では多くの長所・短所があったけれど、主翼の非分割ハードスキン構造、ハニカムを用いた主桁構造、引き込み脚といった旧来の人力飛行機にはない彼のアイディアと挑戦は、まさにイノベーションに至るための過程そのものだろうと改めて思いました。そういうエンジニア魂というのは、本当に尊敬に値します。話はそこからさらに飛び火して、教育のありかたとか産学官連携にまで及んだのですけど……。

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