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アート・オブ・スペンディングマネー:1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?

とあるYouTube動画がきっかけで読んだ『アート・オブ・スペンディングマネー:1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』、なかなか面白かったです。ちなみに同じ著者の『サイコロジー・オブ・マネー』は世界累計800万部の大ベストセラーだそうだけど、読んでいません。モーガン・ハウセル氏の著書を読んだのは、これが初めて。

何が足りないのかと問う時間を減らし、すでに手にしているものを楽しむ時間を増やす。幸福の鍵は、持っているものに満足することであり、その逆の道は、持っていないものに目を向けることなのである。

まさに吾唯足知、だなぁ。凡人の私にとって知足は永遠の課題であり、テーマに思えます。己の欲深さといかに向き合い、そこから(完全に、は難しくとも)解脱できるか?

ストア派哲学に、「富を必要としないことは、富そのものよりも価値がある」という格言がある。

出たー笑、ストア派哲学。本書では別のところでもストイシズムを参照していましたが、さすが2,000年近くもの時を経て語り継がれてきただけのことは、ありますな。

満足しているときは、これ以上何かを追いかける必要がない。これ以上何かを追いかけようとしないことは、今この瞬間を生きるための前提条件である。

過去や未来に執着することなく今を生きる、というのも人生の重要なテーマだと思っているのですが、それが知足と地続きとの指摘は新鮮でした。

スウィフトと同じく成功したエンターテイナーであるジミー・カーは、こう語っている。「みんなが嫉妬するのは、あなたが〝持っているもの〟だ。それを〝手に入れた過程〟に嫉妬する人はいない」

手に入れる過程は、大抵は長く、苦しく、辛いものでしょうからね。同じ道のりを歩むことなく結果だけ手っ取り早くラクして手に入れたい、と思うのが人情というものなのでしょう。ただでさえ、その過程は可視化されにくいわけですから。

他人が持っているものに動機づけられること(基本的に良い)と、他人が持っているものを羨ましがること(常に危険)のあいだには、実は明確な境界線があるということだ。

動機づけられた結果として、良い態度変容を自身に引き起こせればいいけれど、ただ単に羨望するのは直前の引用に似て、労せず成果を得ようとするのと同じってことかな。

投資家・作家のナヴァル・ラヴィカントは、「最高の地位とは、金持ちで、かつ無名であることだ」と述べている。

金持ちかつ無名とは、なるほどなぁ。一般的には金持ちかつ有名、というか、有名になった結果としての金持ち、になりたいと考えがちだと思うけれど、「有名税」なんて言葉があるくらいだから......両立は難しく、むしろ忌避すべきなのだろうな。

「お金は、長距離ドライブをするときのガソリンみたいなものだ」と作家のティム・オライリーは言う。「途中でガソリン切れになるのは避けたい。でも、目的はガソリンスタンド巡りをすることではない」

以前読んだ『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』を思い出しました。人生の途中で手持ちのお金が尽きたら困るけど、あの世へ持ち越せない以上は使い切って死にたい、みたいな本。さて、いかにしてガソリン残量を気にしすぎることなくドライブを楽しむか?

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