人はどう死ぬのか
『人はどう死ぬのか』は、死に関する本のなかでは割と最近になって買って読んだ一冊。
死は生物としての生命の終わりですから、ある程度は苦しいのは当たり前です。痛みや苦しみは、忌避すればするほど強く感じられます。
私が死を恐れる理由の一端には間違いなく、この予測不能な痛みや苦しみがあります。もちろん怪我なのか病気なのか等、死因によって程度は異なるでしょうし、一概には言えないのでしょうけど。同時に
問題は、死が一発勝負で、練習もやり直しもできないということです。
というのも紛れも無い事実で、「ちょっと痛すぎるから別の死に方でやり直したい」なんてことはできない。当たり前の事実として認めつつ、理不尽だなぁとも思ってしまいます。
病院に行くなら、助かる可能性もあるけれど、悲惨な延命治療になる危険性もある、病院に行かないなら、そのまま亡くなる危険性もあるけれど、悲惨な延命治療は避けられる
本書では何度か、同様のメッセージが繰り返されたように思うのですけど、病院のお世話になることが必ずしも良い結末をもたらすとは限らない、と。どう死にたいかは、どう生きたいかと表裏一体なわけですね。
足るを知る。これが私が父から受け継いだ上手に死ぬための秘訣です。
うーん、結局そこに行き着くのねという印象。もし仮に自分がこの先、不治の病にでもなったら、移動できるうちにまた龍安寺に行って「吾唯足知」のつくばいを眺めるかな。
「メメント・モリ」には、もともと「我々は必ず死ぬのだから、今のうちに食べて飲んで、人生を楽しめ」という意味があった
メメント・モリ、死を想えという言葉は、田坂広志先生の著書や講演にたびたび出てくるのでよく誦じるけれど、上記の意味は知りませんでした。楽しもう!!