@kazuhito
Kazuhito Kidachi's Personal Web Site Since 2000

第12回宇宙ユニットシンポジウム 2日目

京都大学と第12回宇宙ユニットシンポジウムの立て看板

第12回宇宙ユニットシンポジウム「人類は宇宙社会をつくれるか?―宇宙教育を通じた挑戦―」2日目、シンポジウム講演+パネルディスカッションに参加しました。

最も面白かったのは野尻氏の講演「人類の宇宙適応」。野尻氏、私生活では狩猟もやってらしたんですね......スライドの中でも「人間はかなりの部分で獣」っていうフレーズがありましたけど、それを自ら体感されているそうで。氏は宇宙に適応するために必要なブレイクスルーとして閉鎖生態系生命維持システム、高性能な推進機、自己増殖的な生産設備、機能的な宇宙服の4つを挙げ、コスト面から片道切符の宇宙進出を提言、そして人間・機械の二項対立はやめよう、と呼びかけていました。宇宙進出と聞くと、どうしても生身の人間がどこまで活動領域を広げられるかイメージしがちですが、なるほど機械と部分的にでも融合できたほうが可能性は一段と広がるわけで、魅力的です。人間とは何か、人間の条件とは......みたいな禅問答が不可避ですけど。

次いで興味深かったのが、野尻氏の直後に登壇した高屋さんの「宇宙社会に求められる法規則 ~国際宇宙法の観点から~」。高屋さんとは以前からFacebookで繋がってはいて、だいぶ昔にお会いもしていたはずなのですけど、今回はご挨拶のタイミングをつかめず残念(シンポジウム終了後に少し待っていたのだけど他の方との会話が途切れず......)。高屋さんのお話は、宇宙社会の問題解決に役立つ宇宙条約の原則をわかりやすく解説したもので、例えば「主権の主張、使用、占拠、その他いかなる手段によっても国家による取得(占有)の対象とはならない」というのを図書館の利用に喩えていたのは、なるほどなと。いっぽう宇宙飛行士の救助について「宇宙飛行士は人類の使節」とされているのは、いよいよ民間による宇宙旅行ビジネスが始まろうとしている昨今、見直しが不可避でしょうね。あと、ISS搭乗宇宙飛行士の刑法の適用が実に興味深くって、曰く適用される法律はどの国のモジュールにいるか次第で変わるけど、刑法だけは宇宙飛行士の出身国に依存するらしい。

たく味での昼食を挟んでの午後のセッションは個人的にはいまいちでしたが、最後のパネルディスカッションはなかなか、ぶっちゃけトークが飛び出してて面白かったかな。片道切符でも宇宙に行きたいか?との問いに土井氏は行きたいと答えたけれど、高屋さんが地球を楽しみきってからと答えていたのは対照的。自分も宇宙には行きたいけれど、地上で行きたいところに行き尽くしてからでないと片道切符には賛同しにくい。また、いわゆるIT長者が宇宙開発に積極的である理由について、土井氏は生存本能からではとの仮説を立てていたけど、自分はそれ以上にアメリカ人に特有の開拓者精神(とそれを賞賛する文化的背景)のなせる技ではないかなと思ったり。ディスカッションの最後に、大量破壊兵器の存在や先端技術(AIやナノ技術など)の将来を危ぶむ声を背景として、向こう100年間すら人類が生き延びれるか怪しい時代に突入しているとの悲観的な見方が提示され、そうであるがゆえに宇宙への活動領域の拡張が延命策の一つになる、というお話が出ていました。

どのみち50億年も立てば太陽の膨張に伴い人類は地球もろとも滅ぶわけで、その点ではあらゆる宇宙開発は延命策との側面を常に持ってきたと自分は思います。開拓者精神、好奇心や可能性、そして最近でいえばビジネスメリット......そのどれもが宇宙進出の動機たり得るけど、そういうのも全部ひっくるめて人類の延命策と呼べるかもしれない(し、そうだとするとまさに本能のなせる技か?)。ただ難しいと感じるのはやはり、時事刻々と世界が移り変わる中で、どこまでの経済合理性をその延命策に求めるかっていう点。なんかここ数年、宇宙ユニットシンポジウムに参加するたびにそれが気になって仕方がないし、この先もし第二の人生(謎)で京大宇宙ユニットに参加し研究をするような機会が与えられるなら、その点を突き詰めてみたいと思いました。

現在地:ホーム > 覚え書き > 月別アーカイブ > 2019年2月 > 第12回宇宙ユニットシンポジウム 2日目
Google カスタム検索を利用しています