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『電子書籍アクセシビリティの研究』公刊記念シンポジウム

1月30日の覚え書き。東洋大学さん、恐ろしく仕事が早くイベントが終了するなり告知ページをサーバー上から削除してしまった(そのため適切なリンク先がない)のが残念ですけど、東洋大学 白山キャンパス 8号館7階 125周年記念ホールで催された、『電子書籍アクセシビリティの研究』公刊記念シンポジウムに参加しました。箱根駅伝ではその名前をよく目にしていたけれど、東洋大学のキャンパスに足を踏み入れたのは、今回が初めて。イベント中のつぶやきは、『電子書籍アクセシビリティの研究』公刊記念シンポジウムに参加しての感想とか、 @momdo_ さんとのやりとりとかにまとめてあります。

タイトル通り、このイベントは書籍『電子書籍アクセシビリティの研究』の発売を記念したもの。同書をまだ買っていないながらも、電子書籍のアクセシビリティを扱った日本初の専門書ということで、僕も気にはしていたんですね。6名の共著者の一人に、尊敬する静岡県立大学の石川先生がいらっしゃったり、また東洋大学の山田先生が、7章「ウェブアクセシビリティと電子書籍」を執筆されている点でも、興味を持っていました。

と同時に、同書の電子書籍版について、誤読の少なさが喧伝されていることに違和感を感じもしていました。それは昨年、DAISY国際会議連携:EPUBアクセシビリティに参加したときにも感じた違和感であり、「Webの」アクセシビリティに携わる立場からすれば異常にすら映ってしまうほどの、正確な読み上げへの強いこだわりに端を発しています。果たして本イベントでは、いかにして誤読を減らしたかが紹介されました。誤読に対して取りうる選択肢として3つがあり、

のいずれかを採用したとのこと。読み補足というのは、ルビを振るのと同じですから違和感はありませんが、原稿に手を加えてしまう用字変更や表現変更という手法には、やっぱり違和感があります。誤読の少なさは、確かに電子書籍が必要とする品質でしょう。しかし、それを担保したいがために原稿に手を加えるというのは、賞味期限の短い「ハック」であるべきと感じました(そもそも、著作権で保護された作品であれば、いかに誤読削減のためとはいえ勝手な改変は許されないはず)。

そういう意味では、本イベントのなかで石川先生がおっしゃった、役割分担を明確にすべきとのご意見に強く賛同します。Webのアクセシビリティが、コンテンツだけでは達成し得ず、ブラウザーや支援技術、ユーザーのリテラシーといったエコシステム全体によって実現されているのと同じく、電子書籍についても例えば原稿とTTS、どちらがどこまで頑張るかを線引きした上で共通のゴール=誤読の削減に取り組めなければ、コストバランスが崩れ早晩、破綻してしまうのではと思うのです。

そもそも、「イット」と読ませず「アイティー」と読み上げさせたいがためにIとTの間に空白文字を挿入するようなことは、石川先生が語られたアクセシビリティはユニバーサルデザインと支援技術の共同作業で(より良く)実現されるというメッセージに矛盾します。たとえ聴覚的には問題がなくとも、視覚的には理解を妨げたり、あるいは(電子媒体ならではの)コピー&ペーストのような再利用性というメリットを損ねるならば、それはもはやアクセシブルとは言い難いのではないでしょうか? 視覚障害者対応とアクセシビリティ確保は、同義ではないはずです(参考:F32: 達成基準 1.3.2 の不適合事例 - スペースを用いて、単語内の文字間を空けている)。

自分はそう考えるが故に、イベント後半のパネルディスカッションで障害当事者の方が語られた、「実は視覚障害者にとって誤読は大きな問題ではない」「視覚障害者は誤読に慣れている」といった発言を、心強く感じました。無論、そうした声にあぐらをかいたり安心してはダメで、誤読を減らすための努力は継続すべきです。ただ、誤読をゼロにするためのコストが高くつきすぎる現状があるならば、多少の誤読は許容してでも、まずは電子書籍の普及を推進すべきでしょう。ひょっとしたら、人工知能の発達によって文脈の機械的な理解が容易になり、急速に誤読が減るかもしれませんし。同じ方は「誤読ゼロという目標は投げ出してもいい」ともおっしゃっていました。

確かに教科書や辞書のような、誤読の許されない類の電子書籍というのはあるでしょう。そういう意味では、誤読の多寡という品質を、全ての電子書籍に対して一律に定義し求めるのは無理があります。であればこそ、誤読の起こる電子書籍はダメな電子書籍、みたいな価値観は普及して欲しくないですし、電子書籍版(リフロー型)が世に出た時点で(紙版しかなかった状況より)コンテンツが遥かにアクセシブルになったという事実を讃えるべきです。

以下余談。パネルディスカッションの中で、別の視覚障害者の方(学生さん)が、アクセシビリティの訴求に関し、ホームドアを喩えに語っていたのはなるほどな、と思いました。曰く、ホームドアは視覚障害者の転落事故をなくすと同時に、それによってスムースな列車の運行を実現もしているのだと。つまりそれは、決して視覚障害者のためだけに役立って入るのではなく、列車を利用する全ての人に役立って入るのだと。なるほどね、と深くうなずかされました。

[ 2017-02-02 追記 ] 合理的な配慮とは何か、を考えてみる~電子書籍のアクセシビリティ - #a11yTips: Webアクセシビリティ・情報バリアフリーにて、言及をいただきました。ありがとうございます。

[ 2017-02-10 追記 ] 東洋大学のサイトに開催報告の記事、「電子書籍アクセシビリティの研究」公刊記念シンポジウムを開催 | 東洋大学が公開されていました。同ページから、書籍「電子書籍アクセシビリティの研究」における誤読・修正リスト [PDFファイル/239KB]がダウンロード可能です。

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