最後の秘境 東京藝大 ―天才たちのカオスな日常―
『最後の秘境 東京藝大 ―天才たちのカオスな日常―』を読了。藝大卒の妻と暮らす著者が、学部・学科の異なる現役藝大生へのインタビューを通じて藝大という環境、そして美術や音楽を志す若者の心理に迫った一冊。
藝大は「芸術界の東大」と言われているそうだが、むしろ東大を「学問界の藝大」と呼んでもいいのかもしれない。
上記は、東大理三と志望倍率を比較した文脈で出てくるフレーズですが、どちらが狭き門かでいうとやはり藝大のような気がします。学部・学科によっては定員が極端に少なく、また長時間に及ぶ実技試験が複数回、設けられているわけで......いやどっちもどっちか。ちなみに高校で私と同学年で一番優秀だった女の子、確か現役で理三に進学してたな。
座学の必修単位は二十単位そこそこしかないそうだ。授業のコマ数で言うとたったの十コマ前後。取ってしまえば、残りの卒業要件は実習だけ。
上記は、彫刻科の話として紹介されているんですけど、卒業「論文」はないのね......緩すぎるというか、自由すぎるというか、それで大学を名乗れるものなのかという印象。三年だと二つくらい作品を制作すればいいし、四年では卒業制作をやればいい感じ
ともあって、人によっては天国のような環境なのだろうなあ。
顔の左右が対称でなくなったり、下側の歯並びが悪くなったり、足や腰の左右のバランスが変わっていったりするんです。そうしてヴァイオリンを体の一部にしていく
上記はヴァイオリン専攻の方の言葉なんですが、楽器を身体の一部にするなんて話、聞いたことがなかったので驚きました。その方面の人にとっては、常識なのだろうか? それで日常生活に不便が生じたり、自身の容姿を気に入らなくなってしまったりしないのだろうか? 凄まじすぎる。
絵画科油画専攻の大きな特徴の一つとして、油絵を描かなくてもいいという点がある。噓みたいだが本当だ。
いやさすがに自由すぎるでしょ笑。じゃあ何のために油画専攻を志すのか、謎すぎる。何をやってもOKということは、やりたいことがなければ途方に暮れてしまうということ
というのは真理だと思いますが、自由すぎる環境は考えものだなぁと。よほど自立&自律しなければ、将来が危うい感じ。敢えてそれを学べ、ということかしらね。
誰かが行方不明になると、ああ、今年も出たなとなるわけだ。一種の〝風物詩〟になっているそう。それもちょっと、どうかと思う。
卒業後の進路に関する節の〆の言葉が上記。半分くらいは行方不明
って、怖すぎる......自由すぎる環境の代償なのか、何なのか。そもそも藝大では進路指導や、就活支援のようなことをほとんどやりません
ということらしいから、企業に就職することの是非はさておき、4年間のうちに自我を確立できないと辛そうではあります。
@kazuhitoは、木達一仁の個人サイトです。主に宇宙開発や人力飛行機、Webデザイン全般に興味があります。Apple製品と麺類とコーヒーが好きです。南極には何度でも行きたい。アクセシビリティおじさんとしてのスローガンは「Webアクセシビリティ・ファースト」。