閃ハサ4回目ネタバレ感想
通算では4回目となる『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を、グランドシネマサンシャイン池袋の17:45上映開始の回で見てきました。毎月1日はファーストデイだかで、割安で見れるしね。やはりIMAXはいいですね、特にグランドシネマサンシャイン池袋のシアター12は良い......というわけで感想。
- 結局のところ、大人たちに対して無闇矢鱈と盾つき・毒づくレーンって、年老いて失った若き日の自分。そして、一部の権力者や金持ちたちの作った仕組みの深さを破壊する方法がわからないハサウェイは、今現在の自分。
- ギギは、生存を精神的と物理的、2つの意味で使い分けている節がある。「もう少し生きていたいの」は自立して生きる精神的な意味であって、「死にに行くのかもしれません」は物理的に生を失うかもしれない意味と取れる。
- この先で補給の見通しがなく、本来であればアデレード戦まで取っておくべきファンネル・ミサイルを、クスィーはやっぱりアリュゼウスに向かって撃ってたと思う。となると、残りは一体何発あるのか。
- あっさり一刀両断とかしたグスタフ・カールと違って、クスィーがアリュゼウスを相手に妙にいたぶっているように描かれていたのは、レーンにアムロを、アリュゼウスにνガンダムを被せていたがゆえなら納得できる。
- ペーネロペーのプラモは全然欲しくないのに、アリュゼウスのプラモはちょっと欲しいのは、なぜなのか。おそらくフライト・フォームこそメイン形態であり、それが航空機然としているからではなかろうか。
- ギギがハサウェイにキスするシーンでGuns 'N' Rosesの『Sweet Child O' Mine』がかかるわけだけど、『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』で使われた『もうどうなってもいいや』のほうが、ハサウェイの心情的には合っていたかもしれない。だってもうマフティーとか連邦高官暗殺とかどうでもいいでしょ。どっかに二人で逃避行でも雲隠れでもしろよ(謎
- 最後の、クスィーの頭部が変化するシーン。一貫して「ガンダムもどき」扱いだった存在が、実は真正なる「ガンダム」でしたってオチなら、小説版から大きく逸れたエンディングもあり得るか。しっかりハサウェイが生き残ったりしてな?
- どちらかというと、テロ行為を肯定的に描くべきではないと思うし、そうであればこそ原作に忠実に、ハサウェイは次作で処刑されるべきと思う。けれど正直、生き残っちゃう世界線でハッピーエンドもありかなと思い始めている自分がいる。
@kazuhitoは、木達一仁の個人サイトです。主に宇宙開発や人力飛行機、Webデザイン全般に興味があります。Apple製品と麺類とコーヒーが好きです。南極には何度でも行きたい。アクセシビリティおじさんとしてのスローガンは「Webアクセシビリティ・ファースト」。