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人生の短さについて

ストア派哲学、ストイシズムに目覚めて?しまったからには、いつか読まねばと思っていた『人生の短さについて』を読了。翻訳されたのは浦谷計子氏ですが、原文を直接訳されたわけではないことが「訳者あとがき」で記されていました。

原書はラテン語で書かれていますが、訳出にあたっては(残念ながら、ラテン語はまったくわからないもので)オックスフォード大学出版局の英訳版 On the Shortness of Lifeを底本とし、ハーバード大学出版局やペンギンブックスなど他の英語版も参照しながら、現代の日本人に理解しやすい文章となるよう、推敲を重ねました。

なるほど大変ありがたいというか、引っ掛かりを覚えることなくサラッと読み終えることができました。

人生は短くなどありません。与えられた時間の大半を、私たちが無駄遣いしているにすぎないのです。

のっけからこれ。実にパンチがある......いやまったくご指摘の通りなのだろうと思うし、いつからだったか「時間がない」なんてセリフは時間の使い方がいかにヘタクソかを自ら吐露するようなものだから言わないよう気をつけてるつもりなんだけど笑、それにしても強烈だな。

自分のお金を進んで分け与えようという者はどこにもいませんが、人生のほうは他人に、それも大勢にくれてやっている者ばかりです!

確かにね。お金で買えないほどの、お金より遥かに貴重なリソースであるはずなのに、人生=時間を他者に分け与えることに関しては、割と無頓着であったかもしれない。ただまぁ、それが回り回って自分の人生にプラスになるって可能性とか期待を否定したくない気持ちもあって、難しい。

時間は何よりも一番逃げ足が速い。それなのに、あなたは引き留めようともせず、去るがままにしている。まるで、余分なもの、簡単に調達できるもののように扱っているからです。

そもそも夜寝る際、きっと明日があって、朝起きれば人生が続くと思い込んでいるくらいですからね。やはり毎日・毎晩、死を迎えるくらいの緊張感をもったほうが時間は大切にしやすいのかもしれません。そういうことを2,000年近くも前に看破したセネカさんさすがっす。

相手の白髪やしわを見ただけで、長く生きてきた人間と思うのはおやめなさい。長く生きてきたのではなく、長く存在してきただけかもしれないのです。

これまた強烈......生きることと、存在することは、別。

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