彼らはどこにいるのか 地球外知的生命をめぐる最新科学
『彼らはどこにいるのか 地球外知的生命をめぐる最新科学』を読み終えたのはだいぶ昔のことだけど、覚え書きしていなかったので、読書感想文 Advent Calendar 2025の13日目の記事として書きます。
本書は基本的に地球外知的生命の探査、SETIを軸としながらも、実にさまざまな話題を総花的に扱っていて、めちゃくちゃ面白かったし考えさせられました......とりわけ人類文明の持続可能性について。しかし、その語り口は決して小難しさを感じさせず、読みやすい。
本質的に利他的な社会ほど生き延びやすく、惑星内の激しい戦争や環境破壊、文化の崩壊によって、あるいは破局的な小惑星衝突などの外的脅威を前にして協力できないことによって自滅する可能性が低い。
昨今の世界情勢を見るにつけ、人類が自滅する可能性は残念ながら高まっているように感じるけれど、それはつまり社会全体が利他性を失う方向に偏りつつあるってことで、実におそろしい。そういう傾向には、ささやかであっても可能な範囲で死ぬまで抗い続けたいものです。
利他行動がもたらしうる暴力や行為は、それを受ける側にとっては利他的でない。地球外文明がみずから完全に利他的にふるまうとしても、それはわれわれには恩恵のない行為かもしれないのだ。
そもそも「利」とは何かが、文明単位で異なることを想定しないといけない、というのはごもっとも。共有可能な文脈とは何か、逆に相容れない価値観がどのあたりかを含め、コンタクトの際に把握すべき事柄は多い。もっとも人類文明の側にしたって、何が「利」かについての統一的な見解を作るのは難しいかもしれず、ややこしい。
ハビタブルゾーンに存在するからといって、その惑星がハビタブル(生命が居住可能)であることを決して保証するわけではないし、大気や水があることさえ保証しない。それに、ハビタブルゾーンの概念には、われわれに思いつける、ハビタブルとなりうる環境のすべてが含まれているわけでもない。
生命の定義によっても、ハビタブルゾーンは変わり得ますよね。地球上で確認される生命にとってハビタブルでなくても、別の定義の生命にとってはハビタブルという環境は当然、存在し得るわけで。てなことを考え始めるとハビタブルゾーンという言葉、概念に正直、価値を見出しにくく感じます。
時間が組織に加えるエントロピーに打ち勝つ最良の手段は、パラドックスのように聞こえるものだと彼は語る。生き延びるために、組織は変わりながら同じままでなければならない、と。
上記の彼とは、レスター大学の経営学教授、カール・ローズ氏。組織の目標は「変化と安定のバランス感覚をもつに至る」ことでなければならない
ともあって、実にわかりみが深い。組織ではなくいち個人の立場でも、どこまで変化を受け入れ、どこから先は受け入れないべきか、日々悩みながら生きているものだから。
気候危機に対処するうえでとくに大きな問題は、われわれ自身の無知と、欲深さと、問題の解決をほかのだれかに任せる傾向だ。
あーあー耳が痛い。いつだって今この瞬間が正念場、実践できることを考えよう......。
@kazuhitoは、木達一仁の個人サイトです。主に宇宙開発や人力飛行機、Webデザイン全般に興味があります。Apple製品と麺類とコーヒーが好きです。南極には何度でも行きたい。アクセシビリティおじさんとしてのスローガンは「Webアクセシビリティ・ファースト」。