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期待しない習慣

人間関係の悩みがなくなる 期待しない習慣』、率直にいってnot for meな本でした。ChatGPTによると、なんてあからさまに生成AIの作文から引用しているくだりもあって、それはそれで正直で良いとは思いつつ、個人的に好きになれなくて。

本書では、相手に過剰に期待して振り回されてしまうような生き方を『他力本願的な生き方』と定義

読んだ瞬間、脊髄反射的には「えーそうかなー」って思ったけれど、よくよく突き詰めると確かに、自身の言動に他力本願な側面を認めざるを得ません。それをヘンにこじらせたり肥大化させて勝手に苦しむこと、ありますから......認めたくなさとセットで。

「言わなくてもわかるだろう」が期待が叶わないことへの入り口

相手も自分も心が読めるエスパーじゃねーんだから、というのは頭では理解しているつもりでも、どうも勝手に以心伝心に頼る傾向というのはあるかもなぁ。多分に言語的・文化的背景に由来しているところが少なくないかも? ハイコンテキスト依存っていうか。

期待の下限値=「ロードリーム」を知っておくのも大切

期待に幅を持たせ、その内訳を要件の高い順にハイドリーム、ミドルドリーム、ロードリームと著者は呼称しています。上記のロードリームは、つまり期待「幅」のなかでも一番、期待ハズレの側の内容を指してのこと。これは確かに、なるほどなと思えたアドバイス。

全く同じ結果でも、その人の「解釈の違い」によって、「期待」の達成率は変わってくる

結局、問われるのは解釈力ってことね。もたらされた結果そのものより、その結果をどう前向きに捉えるかが大事ってことで。期待しないのがたとえ不可能であっても、期待値をできるだけ低く設定しておければ、結果はたいてい受容可能なわけだから。

相手には相手の都合やタイミングがあることを、是非お忘れなく。

それはそうだし、それを含めて相手の価値観をまず尊重しつつ期待のすり合わせをすべきとは思いますけどね。日常的にそれができているか? といえばまだまだだし、なぜそれができていないかを考えると、心理的安全性が低い可能性に思い至ってしんどくなります笑。

他責にせず、『期待して相手を信じたのは自分』だという事実から目をそらさない

他責思考ではなく自責思考で、というのは期待云々に限らず大事ってことね。自分だけでなしに相手も、皆がそうできたら、もう少し気楽に生きていけそうなんですけども。

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