誰がリーダーに選ばれようとも
著
アメリカ大統領選挙といい、兵庫県知事選挙といい、このところ私が苦手な(いやもっと率直に言ってしまえば「嫌いな」)タイプの政治家が当選、もとい再選を果たしています。いずれも正当な、民主的な手続きを経て選ばれたわけですから、選挙結果それ自体にケチをつけるつもりは毛頭ないけれど、なんとも言えない生きづらさを感じています。
私が愛してやまない(そして「飯の種」でもある)Webが、いずれの選挙においても結果に少なからず影響したとなれば、なおさら。はてブで話題になっていた情報環境の変化と市民の選択: 極東ブログとかインターネットで民主主義が加速して良かったですね - シロクマの屑籠を読んで、モヤモヤしています。ちゃんとこう、感想なり記事に対する考えを言語化できる以前の、なんとも言えないモヤモヤ感。
そんな状態に私があることはもちろんご存知でないだろうけども、タイムリーに大愚和尚が公開されたこれからの時代の生き方 - YouTubeを拝見して、そうだよな、誰がリーダーに選ばれ、私を含むこの社会を率いようとも、自分の生き方は自分で決めなくては......と改めて思いました。加えて自分にはまだ解釈力が足りない、田坂広志先生のよくおっしゃる、起きたことをどう解釈すべきかという力が。何が起きたか、に引っ張られ過ぎてはいけない。