コトの本質
著
「コトの本質」を読了。本書は松井孝典教授の著作ではあるのだけど、実は中学・高校時代の同級生である佐藤雄一氏が行ったインタビューを基に、教授がいかにして科学を志し、そしてまた生きてこられたのかを明らかにした異色の一冊。松井教授ならではのお話、つまり人間圏がどうの、共同幻想がどうのとかってお話も無論含まれてはいますが、全体を通じて「松井教授のつくり方(つくられ方)」が描かれており、非常に面白かったです。
面白みを感じた理由のひとつには、インタビュアーである佐藤氏の視点、立ち位置が僕のそれと近い点があるのでは、と思います。「インタビュアーからのまえおき」のなかで、佐藤氏はなぜ、自分の人生はこのようなもので、松井君の人生はあのようなものなのか? なぜだ? どこがどう違っていたのか?
と、世界的な科学者として突き抜けた松井教授に対し、いわば凡人的立場から素朴な疑問を呈し、それをインタビューのきっかけとして紹介しています。それって、僕が身近に(あるいは「世に」)存在する秀才に向かって常に抱いてきた疑問、つまり「同じ人間なのに何故この人はこうも頭が良いのだろう?」という疑問と同じだと思ったんですね。個人的に圧巻だったのは後半の第三、第四章。そこからいくつか、印象的な言葉をピックアップしてみます。
自分が何を前提として話しているのか、それすらわかっていない人とは、議論は成り立ちません
一点でもいいから突き抜けて知の境界の最先端の位置から見ないと、どんな背景の知識があっても、その地平を見渡すことはできない
自然科学者が「わかる」というのは、二元論と要素還元主義に基づいて外界が脳の中に投影され、関連するあらゆることがきちっと整理された状態の内部モデルができること
わかっていることと、わからないこととの境界がわかる、ということがわかるということ
もちろん上に引用したのは僕にとって印象的だった箇所のごく一部であって、ほかにも興味深い言葉、発想、スタンス、そして教授のこれまでの人生におけるイベントが数多く記されています。著作なり何なりを通じて、教授の研究成果を多少なりとも知ったうえでなければ、本書を味わうことは難しいかもしれませんが、自然科学に興味ある方々全般におすすめできる本だと思います。学生さんとか、これから研究者として一生食べて行こうという人が読んでも、きっと楽しめるでしょうね。