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Re: アクセシビリティ・サポーテッドの功罪

梅垣さんの久しぶりの記事、 アクセシビリティ・サポーテッドの功罪を読んでの感想。あらかじめ書いておきますが、何かこう明確な自分なりの回答というのを持ち合わせてこれを書いているわけではありません。酔ってるし(謎)。

アクセシビリティ・サポーテッドは障害者がWebにアクセスする権利を何とか守ろうとして編み出された考え方です。しかし一方で、実際にWebを作ろうとすると、何が正解か、ということについて大きな悩みも生み出しているのです。

この感覚、凄くよくわかります。厳密にどちらがどう、という比較をしたわけではないし、そもそもそんな比較は不可能だって思ってもいるけど、HTML5やその周辺技術の仕様策定スピードだとか、Webデザインにおける新たな表現手法が編み出されるスピードなんかと比べると、どうもUAとか支援技術側の対応スピードの遅さには気が滅入ってしまう。

WAI-ARIAであれ何であれ、たとえコンテンツをアクセシブルにできる方法が実在したとしても、メジャーなUAや支援技術側の対応状況だけでアクセシビリティ・サポーテッドとは認められない状況が続くようでは、単なる画餅だよねって話になってしまう。その文脈で論じる限り、アクセシビリティ・サポーテッドなんて概念はWebアクセシビリティの向上にとって足枷でしかないように思えるし、それで今まで以上のWCAG 2.0/JIS X 8341-3:2010離れが仮に進行したとしても、個人的には致し方ないかなと思ったりします。

結局のところ、体よくアクセシビリティ・サポーテッドなんて表現を持ち出したところで、古くからある有名なフレーズ「until user agents...」が言い表した課題、つまり鶏と卵どちらが先か?ってのを別の言葉で言い換えてるだけでしょみたいな。むしろ、アクセシビリティ・サポーテッドとして認められなくとも、ごく一部のUA/支援技術しか対応していなくとも、トータルで見たときに優れた手法なら、その実装方法をこそ積極的に普及させるべきなんじゃないか?そうすることによって、非対応のUA/支援技術ベンダーを動かすことも可能になるんじゃないか?なんてね。

今日的な課題として、さらにWebアクセシビリティを進めるためには、HTMLにおけるアクセシビリティはこうあるべしという姿を技術的に明確な形にすることが、望まれているのではないかと思うのです。「支援技術がサポートすべきことはこういうことである」ということも明確にすべきです。支援技術の遅れのツケをコンテンツが引き受け続け、過去の「遺産」との互換性にばかり目をとらわれていると、Web技術の果てしない進歩にとてもじゃないけれど追い付かない。

Webアクセシビリティを純粋に技術的でこうあるべしという未来的なモデルと、現実に対応する現実モデルに分離して考えることが必要です。そして、その未来モデルに向かって支援技術とコンテンツが両輪になって進んでいく道を示すべきです。

おそらく、この論旨にはUA/支援技術ベンダーとWebデザイナー/開発者を含む誰もが賛同できると思うけれども、いまだかつて具体的にじゃあどうやってその「進んでいく道」を造ろうかって議論を見たことがありません、自分の狭い観測範囲においては。UA/支援技術ベンダーが支払うことになる対応コストが、一体いつどうやってペイするのかって考え始めたりすると話は途端にややこしくなる気がするし。とはいえいい加減、ちゃんと考えないとそろそろ本格的にヤバそうだってのは関係者一堂気付いてますよね多分。いやきっとそうだと思いたい。で、宣言通りオチはありません。( [ 2014-03-19 追記 ] その後、Twitter上で関連するやりとりがあったのでアクセシビリティ・サポーテッドの功罪を巡るあれこれ - Togetterまとめにまとめました。)

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